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熊本地方裁判所 昭和27年(行)23号 判決

原告 内田善右衛門 外三四名

被告 伊倉町選挙管理委員会

一、主  文

被告が熊本県玉名郡伊倉町町長解職請求者署名簿の署名中別表第一人名簿記載の者(但し前田フサエを除く)の署名を無効とした決定はこれを取消す。

原告等その余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、事  実

原告等訴訟代理人は、「被告が熊本県玉名郡伊倉町町長解職請求者署名簿の署名につき別表第一人名簿記載の者の署名を無効とした決定はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、「熊本県玉名郡伊倉町に於ては同町の町長寺真均に同人が昭和二十六年四月町長就任以来公約を無視する施政が多かつた為数次に亘る町民大会が開催された結果同町長を不適任として解職すべしとの与論が一致し、原告等及び訴外前田国広、同田畑末吉、同田上正、同福田仁四郎、同藤井庄太郎等四十名が町長解職請求代表者となり、昭和二十七年五月二十日被告に町長解職請求書を提出し請求代表者証明書の交付を申請したところ、同日右証明書が交付され同時にその旨の告示がなされたので、請求代表者は直ちに同町の有権者に対し町長解職請求者署名簿に署名し印を押すことを求め、同年六月十八日迄に同町の有権者総数二千八百八十三名中千二百九十三名の署名を得、同月二十二日右署名簿十七冊を一括して被告に提出し、右署名簿の署名者が同町の選挙人名簿に記載された者であることの証明を求めたところ、被告は同年七月十一日右署名総数のうち九百七十名の署名を有効、三百二十三名の署名を無効と決定し、同月十二日以降十八日迄右署名簿を縦覧に供したのであるが、右縦覧期間中被告は関係人より異議申立があつたとしてその後四回に亘り従前の決定を修正し、結局有効署名を七百三十四、無効署名を五百五十九として同年八月一日右署名簿を原告等請求代表者に返付するに至つた。ところで

第一、別表第一人名簿第一の(一)記載の者の署名は右署名簿中第一号簿冊に、同人名簿第一の(二)記載の者の署名は第十号簿冊に、同人名簿第一の(三)記載の者の署名は第十四号簿冊に夫々署名されているのであるが、被告は同年七月十一日右三冊の署名簿の署名をすべて無効と決定したので、同月十八日原告内田善右衛門及び訴外前田国広より異議申立をなしたところ、被告は右三冊の署名簿の署名は原告内田善右衛門並びに訴外前田国広より署名蒐集の委任を受けた者の集めた署名であるのに被告に対しては右委任の届出がなされていないとの理由で異議申立を正当でないと決定し、同年八月一日その旨の通知をなした。然しながら右三冊の署名簿の署名中前記人名簿第一の(一)乃至(三)記載の者の署名は請求代表者に於て直接署名を求めたものですべて有効であるから、被告がこれを無効と決定したのは違法である。

第二、次に被告は前記署名簿の縦覧期間中である昭和二十七年七月十四日(1)小山佳子外三名(別表第一人名簿第二の(一))より現町長を適任と認める、(2)中島芳太郎外六名(同名簿第二の(二))より署名しないと生活に困ることがあると認め署名した、(3)釜崎時次外十七名(同名簿第二の(三))より事情を知らずに署名した、(4)中川泰一外二十七名(同名簿第二の(四))より署名はしたが町長の施政が正しいと認める、(5)浦谷マサエ外二十名(同名簿第二の(五))より解職請求と知らずに署名した、(6)深町進外十九名(同名簿第二の(六))より署名を認めた人の言葉と違う。(7)中尾弘人外五十六名(同名簿第二の(七))より多人数で無理に署名を求められ又は義理に迫られて署名したから夫々其の署名を取消すという趣旨の、又同月十五日(8)藤井功外四名(同名簿第二の(八))より現町長を正しいと認める、(9)釜崎カツエ外五名(同名簿第二の(九))より署名を認めた人の解職理由が間違つていた、(10)藤井ミソカ外四名(同名簿第二の(一〇))より署名の求めに応じなければ後日困るようなことがあると思つて署名した、(11)堀田スソエ外四十五名(同名簿第二の(一一))より無理に署名をすゝめられた、(12)坂西つじえ外十名(同名簿第二の(一二))より解職請求の意思がないから夫々其の署名を取消すという趣旨の、更に同月十六日(13)中尾キク(同名簿第二の(一三))より心配になるから署名した、(14)東末吉外一名(同名簿第二の(一四))より義理で署名した、(15)田代ツタエ外二名(同名簿第二の(一五))より署名はしたが町長が正しい、(16)丸山寅次(同名簿第二の(一六))より署名はしたが結果は町の行政を乱す、(17)伊形冬恵(同名簿第二の(一七))より解職請求と知らずに署名したから夫々其の署名を取消すという趣旨の各異議申立があつたとして、右(1)乃至(7)に対しては同月二十七日、(8)乃至(12)に対しては同月二十八日、(13)、(14)に対しては同月二十九日、(15)乃至(17)に対しては同月三十日夫々右異議申立を正当と認め、その署名をすべて無効と決定し、従前有効としていた右署名の効力を修正したのである。

然しながら

(一)  右異議申立は現町長に与し町長解職請求の妨害を策動する一派の者が、署名簿が被告に提出される以前、既に異議申立書と題する被告宛の署名取消要求文書を大量に印刷携行して署名簿に署名した者の許を歴訪し偽計詐術を以て右文書に捺印を求め、擅に異議の理由、年月日を記入した上一括して被告に提出したものであつて、右異議申立には本人の不知の間になされたもの、意味を正しく理解しないでなされたものなどがあつて、すべて申立人の真意に違背する無効の異議申立であるから、被告としてはその受理を拒むか又は直ちに不適法としてこれを却下すべきであるのに拘らず、被告が右申立を容れ前記小山佳子外二百三十五名の署名(別表第一人名簿第二の(一)乃至(一七))を無効と決定したのは違法である。

(二)  仮に右異議申立が適法なものとしても右の者等の署名はすべて各人の自由な意思に基いてなされた署名であつて、何等これを無効とすべき理由はないのである。被告は署名の有効を主張する異議申立については不必要に厳格な調査をなすに反し、署名の無効を主張する異議申立については故さら何等の調査もなさず直ちに申立を認容して署名を無効と決定し、甚だしく偏頗不公平な態度に出たものであつて、被告がこのような取扱により前記署名を無効と決定し従前の署名の効力を修正したのは明らかに違法である。

仍て原告等は被告が別表第一人名簿第一の(一)乃至(三)記載の者の署名を無効とした前記決定及び同名簿第二の(一)乃至(一七)記載の者の署名を無効と修正した各決定の取消を求める為本訴請求に及んだ次第である」と陳述し、

被告の主張に対し、「本件町長解職請求者署名簿に有効無効欄及び備考欄の記載がないこと、署名簿第一、第十、第十四号の各簿冊に夫々被告主張の如き委任状が添付されていること、右委任の届出が被告になされていないこと及び本件町長解職請求書に表示されている原告内田善右衛門の氏名の頭書に住所の記載がないことはいづれもこれを認めるが、其の他の主張事実は凡て之を争ふ。即ち、

(一)  本件解職請求書に記載されている被告主張の請求代表者の氏名は何れも各本人の自書である。

(二)  本件署名簿にはその各葉の上下に有効無効欄及び備考欄に相当する余白欄が設けられていて、被告自ら右余白部分に署名の有効無効の決定をなしているのであるから其のこと自体が該当欄を設けていることになり、何等署名簿の様式に瑕疵がないのみでなく、仮に該当欄の設けがないとしても地方自治法施行規則に定める署名簿に有効無効欄及び備考欄を設けるようになつているのは単に事務上の便宜の為であるに過ぎないから、氏名の肩書に住所の記載のないことや署名簿に右欄の設備又は表示が欠けていても其は署名の効力を左右するような本質的な瑕疵ではなくこの為署名簿の署名が無効となるものではないのみならず既に被告は右の者等が請求代表者であることの資格を認めその旨証明し且つ同人等が提出した本件署名簿を適式のものであると認め各署名につき有効無効の判定をしているのであるからこの点に関する被告の無効の主張は全くいわれがない。

(三)  署名簿第一、第十、第十四号の全署名が受任者の蒐集した署名であるとの被告の主張事実は否認する、尤も右三冊中第一号簿冊に訴外前田国広の委任によつて訴外中山新次郎が蒐集した八名の、第十号簿冊に原告内田善右衛門の委任によつて訴外池上太吉が蒐集した一名の、第十四号簿冊に同原告の委任によつて訴外高野三男が蒐集した四名の者の署名があることは認めるが同人等の署名は原告が本訴に於て取消を求めておる別表第一人名簿第一の(一)乃至(三)中には含まれておらず同名簿記載の署名はすべて請求代表者に於て直接蒐集したものであるから仮に前記受任者に対する委任の届出が被告に対し為されていないことにより、受任者の集めた前記署名が無効であるとしても、其のことゝ何等関係のない請求代表者が直接集めた前記第一人名簿第一の(一)乃至(三)の署名まで無効とされる理由はない。

(四)  小山佳子外二百三十四名の署名が被告主張のような詐偽、強迫に基いてなされたことは否認する。同人等は請求代表者の解職請求の趣旨に賛成しその自由意思によつて署名したものである。

(五)  その他被告が署名の実質的無効原因として主張する事実関係はすべて否認する。

抑々請求代表者は町長解職請求運動については数回に亘り演説会を開催し、且つ伊倉町の各要所要所にはビラを展示し、各家庭に印刷物を配布する等解職請求の趣旨の周的徹底に務めたのに対し他方現町長を支持する一派の者もあらゆる機会に反対運動を展開していたので、同町に於て解職請求の署名運動が行われていたことは全町民周知の事実であつて、殊に一定の様式を備えた署名簿に住所、生年月日等通常の方法と異る方式によつて署名を求められたものが、署名の意味を知らず又は他の署名と誤解して署名するようなことは到底考えられないのであつて、被告が本件署名の実質的無効原因として主張するような事実は毫も存在しない」と述べた。

被告訴訟代理人は「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を認め、答弁として、「原告等主張事実中原告等外訴外人五名計四十名の者が伊倉町々長解職請求代表者となり、原告等主張のような手続を経てその主張のような署名を蒐集し、その主張の日署名簿十七冊を被告に提出して署名の審査証明を求めたこと、これに対し被告が昭和二十七年七月十一日その主張のような有効、無効の決定をなした後同月十二日以降十八日迄右署名簿を縦覧に供したところ、別表第一人名簿第一の(一)乃至(三)記載の者の署名を含む署名簿第一、第十、第十四号の署名は全部有効なりとして同月十八日原告内田善右衛門及び訴外前田国広より異議申立があつたが被告が原告等主張のような理由によつて右申立を正当でないと決定しその主張の日その旨申立人に通知したこと及び前記人名簿第二の(一)乃至(一七)記載の者の署名につき夫々原告主張の日各署名者よりその主張のような趣旨の異議申立があつたので被告に於て右異議申立を正当と認め夫々原告等主張の日同人等の署名をすべて無効と決定して従前有効としていた署名の効力を修正したこと右のうち同人名簿第二の(一六)記載の丸山寅次の署名に実質的な無効事由がなかつたことはいづれもこれを認めるが、その余の点はすべでこれを争う。原告等が本件に於て主張する署名は次の如き理由によつてすべて無効であるから被告が右署名を無効と決定したことには何等違法の点はない。即ち

第一、先づ本件署名簿の様式、請求代表者又は受任者の資格権限等の点につき見るに、

(一)  町長解職請求に於ける請求者署名簿の様式は地方自治法施行規則第九条、第十二条により厳格に法定せられ、右様式に違背する署名簿になされた署名はいわゆる法令の定める成規の手続によらない署名として当然無効であるが、本件に於て請求代表者が被告に提出した署名簿はそのすべてに有効無効欄及び備考欄の記載を欠き、法定の様式を具備しない違式の署名簿であつて、かゝる署名簿になされた署名は当然無効とせらるべきものであるから被告が本件の署名を全部無効としたことに誤りはない。

(二)  次に本件署名簿中第一号簿冊には原告内田善右衛門が訴外阪口末雄、同平川了に、請求代表者前田国広が訴外森山タツ、同中山新次郎に、第十号簿冊には原告内田善右衛門が訴外阪西末雄、同池部末彦、同池上太吉、同松村シキ、同松村精一、同楠徳太に、第十四号簿冊には原告内田善右衛門が訴外森芳太郎、同島野三男に、前記前田国広が訴外中川政太郎、同杉本虎次郎に夫々署名の蒐集を委任する旨の委任状が添付されていて、右三冊の署名簿の署名はすべて右各受任者に於て蒐集した署名と認められるのであるが、被告に対しては右委任の届出がなされていないので、このような署名簿の署名は地方自治法施行令第百十六条、第九十二条の規定に違反し、いわゆる法令の定める成規の手続によらない署名として当然無効である。

(三)  町長解職請求書には地方自治法施行規則第九条、第十二条により請求代表者がその住所、職業を記載し且つ氏名を自署しなければならないのであるが、本件に於ける原告等請求代表者の右請求書には、原告内田善右衛門の氏名の頭書に住所の記載がなく、原告田河初喜、同竹下儀一、同西口貞喜、同田代俊夫、同木下喜八、同藤井一三、同前田友行、同野村三次、同松永亀喜、同土井口保喜、同西川善寿並びに訴外藤井庄太郎、同田端末吉の十三名の氏名は代筆であつて自署でないので、以上十四名は適法な請求代表者としての資格を有しないものであつて、同人等の蒐集した別表第二人名簿記載の者の署名は無効である。

第二、次に本件署名簿の各署名の実質的効力について見るに、

(一)  別表第一人名簿第二の(一)乃至(一七)(第二の(一六)丸山寅次を除く)記載の小山佳子外二百三十四名の署名については前記の通り同人等より夫々異議申立があつたので被告に於て審査したところ右署名はいづれも請求代表者の詐偽強迫によつてなされた署名であると認められたのでこれを無効と決定したのである。即ち請求代表者は右署名を求めるに際し、ことさら現町長に重大な失政及び非行があるかの如く申向け、又は故意に正当な役場吏員の給与引上を不当な措置かの如く非難攻撃し政治知識の浅い右署名者に対し恰も町長を解職すれば税金が減額されすべての町政が改善されるかのような将来成否不確実の事実を告げ、或いは町長と町会議員の解職請求が同時になされるとか、部落会議に於て部落民全員が署名することに決定したとか又は家族の半数は署名に賛成し半数は署名に反対することに決まつたとか或いは部落近隣の者すべてが署名しているとか全く虚構の事実を申向けて署名者を欺罔し、或いは多数の威力を以て署名を強要し、署名しなければ将来の生活に重大な支障を来すような言辞を弄して強迫し、その誤解乃至は畏怖に乗じて署名をなさしめたものであつて、かゝる詐偽又は強迫に基く署名が無効であることは法の規定によつて明らかなところである。なお同人等の異議申立が無効である旨の原告等の主張事実並びに被告が異議申立の審査について偏頗不公平な取扱をしたとの原告等主張事実は否認する。同人等の異議申立については審査期間が切迫し、且つ請求代表者の審査妨害があつたので、被告は異議申立書を書面により審査し、更に異議申立の経緯を詳知していた訴外西坂勤、同米村定等より事情を聴取した上、前記の如き認定の下に署名を無効と決定したもので、被告の右決定に何等違法不当の点はない。仮りに右の詐偽、強迫の主張が理由がないとしても、

(二)  法は直接請求制度の健全な運用を期し、苟もその濫用によつて地方自治政治を混乱に陥れることのないよう極めて厳格な手続を定め特に住民の自由意思に基くこの制度の運営を企図しているのであつて、かゝる法の保障を破るような方法、例えば請求代表者又は適法な受任者でない第三者によつて求められた署名、署名簿を戸毎に順次回覧して求められた署名、或いは第三者が請求代表者と同行して署名者の自由意思を拘束するような方法によつて集められた署名乃至は予め部落会議に於て部落全員が署名すべきことを決定し、或いは家族の半数は署名し、半数は署名しないことを申合せる等集団的意思に影響されてなされた署名の如きはいわゆる成規の手続によらない署名として当然無効というべきであるが、本件に於て

(イ)  前田フサエ、吉川ナツエ、伊藤キミエ、関ヤナの四名の署名は第三者によつて求められた署名。

(ロ)  松下保、松下益喜、松下次代、松下カズ、松下次雄、松下五次郎、松下ヒロ子の七名の署名は署名簿を回覧する方法によつて求められた署名。

(ハ)  別表第三人名簿記載の二十七名の署名は請求代表者が第三者を同伴して求めた署名。

(ニ)  谷口ゆきえ、徳永寅太、徳永幸、斎藤キカ、伊形冬恵、関部タミ、榊田サツキ、榊田喜久子の八名の署名は部落会議の決議に基きこれに影響されてなされた署名であつていづれも無効であり、

(三)  自署によらない署名、精神異常者のなした署名、町長解職請求の為の署名であることの認識を欠き或いは錯誤に基いてなされた署名が当然無効であることは多言を要しないところであるが、

(イ)  宮本ミヤ子、田畑ツヤ、丸森ハツヨ三名の署名は自署によらない署名。

(ロ)  古財シキは数年前よりの精神異常者で同人の署名は正当な判断能力なくしてなされた署名。

(ハ)  別表第四人名簿記載の三十三名の署名は町長解職の為の署名であることを告げられなかつた為署名の意味を知らず漫然となされた署名。

(ニ)  田淵キクノの署名は町長及び役場吏員の給料減額運動の為の署名と、小山佳子、丸森秀雄の署名は刑事々件の嘆願書の署名と、吉川実美、倉田康之、大津由利子、吉川時雄、藤井タメ、山口フミ、中川要、倉田ミユキ、宮本三蔵、藤井進の十名の署名は減税運動乃至単に町政を良くする為の署名と、北川トクの署名は署名簿を税金滞納の為役場から差廻された書類と夫々誤解してなされた署名でいづれも錯誤に基く署名であつて以上の者の署名はいづれも無効である。

以上の次第であるから被告が本件係争の署名を無効と決定したのは全部正当であつて原告等の本訴請求は失当である」と述べた。

(各証拠省略)

三、理  由

原告等外五名計四十名の者が伊倉町町長解職請求代表者となり、原告等主張のような手続を経てその主張のような署名を蒐集し、その主張の日署名簿十七冊を被告に提出して署名の審査証明を求めたところ、被告が昭和二十七年七月十一日右署名について原告等主張のような有効、無効の決定をなし同月十二日以降十八日迄右署名簿を縦覧に供したこと、同月十八日原告内田善右衛門及び訴外前田国広より別紙第一人名簿(一)乃至(三)記載の者の署名を含む本件署名簿第一、第十、第十四の署名全部を無効とした被告の前記決定に対し異議申立があつたが被告が右申立を正当でないと決定し同年八月一日その旨申立人に通知したこと及び前記署名簿第二の(一)乃至(一七)記載の者の署名につき夫々原告等主張の日その主張のような異議申立があり、これに対し被告が右申立を容れ夫々原告等主張の日その主張の署名を無効と決定し従前有効としていた署名の効力を修正し、結局署名総数千二百九十三名のうち有効署名を七百三十四、無効署名を五百五十九として同年八月一日右署名簿を原告等請求代表者に返付したこと並びに右人名簿第二の(一六)記載の丸山寅次の署名について実質的な無効事由がなかつたことは当事者間に争がない。

そこで原告等が本件に於て主張する署名が果して被告の決定した通り無効であつて、被告の右決定が正当であるか否かについて判断する。

第一、署名簿の様式違反及び請求代表者又は受任者の資格権限の欠陥を無効原因とするもの

(一)  署名が違式の署名簿になされているので無効であるとの被告の主張について

そもそも法が直接請求に於ける署名簿を一定の様式に拠らしめているのは右制度の健全な運用を期する為署名者が有権者であつて且つ請求の意思を有することを明確に表示せしめる為と、手続上形式の異る署名簿を認めることによつて生ずる無用の混乱を避ける為であるから、署名簿が一応法の右要請を満たしていて本質的な点に於て欠陥がない限り、其の署名簿による署名の効力が無効に帰するいわれはない、よつて本件について見るに本件町長解職請求者署名簿に有効無効欄及び備考欄の記載がないことは当事者間に争のないところであるが右の「記載」のないことと右各欄の「設備」のないこととは自ら別問題であつて、其の「記載」はなくとも署名簿の上下に相当の余白があり、有効無効欄及備考欄として利用し得る以上、それによつて為された署名の効力を左右する程の様式違反がありとはなし難い、而も本件に於ては成立に争のない甲第四、五号証、同第六号証の一、二によつて明らかな通り本件署名簿には其の上下に有効無効欄及備考欄として利用し得る程度の余白があり現に被告自身も各署名簿の上部余白部分に異議申立により署名を無効と決定した旨附記している次第であつて、本件署名簿には其の署名自体の効力を左右するような様式違反の点は存在しないと謂うべく之の点に関する被告の主張は理由がない。

(二)  署名簿第一、第十、第十四号について

別表第一人名簿第一の(一)記載の者の署名が右第一号簿冊に、同名簿第一の(二)記載の者の署名が右第十号簿冊に、同名簿第一の(三)記載の者の署名が右第十四号簿冊に夫々なされていること及び右三冊の署名簿に夫々被告主張のような委任状が添付されていることは当事者間に争がないので一見右三冊の署名簿の署名はいづれも受任者によつて蒐集された署名のようであるが、成立に争のない甲第十二号証の一乃至第四十七、同第十三号証の一乃至八、同第十四号証の一乃至二十六並びに証人池上太吉、同島野三男、同中山新次郎、同前田国広の各証言及び原告内田善右衛門本人の供述(第一回)を綜合すれば右三冊の署名簿には当初から前記の如き委任状が添付されていたものではなく、もともと請求代表者が右署名簿によつて署名を求めていたのであつたがたまたま右第一号簿冊に訴外前田国広の委任によつて訴外中山新次郎が蒐集した八名の第十号簿冊に原告内田善右衛門の委任によつて訴外池上太吉が蒐集した一名の、第十四号簿冊に同原告の委任によつて訴外高野三男が蒐集した四名の署名があつたので、予て署名の蒐集を委任した場合は特に選挙管理委員会に届出る必要はなく、委任状を署名簿に添付すればよいと誤り信じていた請求代表者に於て、右署名簿を被告に提出する際便宜前記三名に対する委任状と共に他の委任状も一括して右三人の署名簿に添付したものであつて、前記三名以外の受任者は署名を蒐集しておらず、右三冊の署名簿中別表第一人名簿第一の(一)乃至(三)より除外されている前記の十三名を除く爾余の者の署名はすべて請求代表者に於て直接蒐集した署名であること及び前記三名の受任者が右署名簿によつて署名を求める際には署名簿とは別個に各自委任状を携行して署名を求めた事情を認めることができ、以上の認定を左右すべき証拠はないので、結局右人名簿第一の(一)乃至(三)記載の者の署名はすべて原告等請求代表者によつて直接蒐集された署名として有効であるといわなければならない。然りとすれば被告が前記の署名を受任者の集めた署名と認定し委任の届出が被告に対してなされていないとの理由によつて右の者の署名を無効としたこと並に之に対する原告内田等の異議申立を却下したことは共に違法である。

(三)  請求代表者の氏名に住所の肩書がない。請求代表者の氏名が自署でないとの被告の主張について。

被告は本件に於ける解職請求書に記載された請求代表者にはその氏名の頭書に住所の記載を欠き或いは氏名が自署によらないものがあるから、かゝる者の蒐集した署名は無効であると主張するけれども、法が解職請求書に請求代表者の住所、職業、氏名を記入して押印し且つ氏名は自署すべきことを定めているのは、解職請求書が選挙管理委員会に提出された際選挙管理委員会をして請求代表者自身の真意を明確に把握せしめると共に、請求代表者の同一性を確定し、且つ当該請求代表者がその地方公共団体の地域内に住所を有し、而も選挙人名簿に記載された者であることを明らかならしめようとする趣旨に外ならない。従つて選挙管理委員会が請求代表者につき前記の如き要件を審査して請求代表者たることを確認して請求代表者たることの証明書を交付し且つこれを告示した以上、たまたま請求書に記載された請求代表者の表示の方法に被告主張のような欠陥があつたにせよ、これを以て直ちにその請求代表者の資格が否定せられ、又はその請求代表者の蒐集した署名が無効となるいわれはないといわなければならない。本件町長解職請求に於て請求書に請求代表者として記載されている原告内田善右衛門の氏名の頭書に住所の記載がないことは当事者間に争がないけれども爾余の被告主張の請求代表者の氏名が自署であることは原告土井口保喜、同内田善右衛門(第二回)各本人の供述によつてこれを推認できるところであつて、右認定を覆えすべき何等の証拠もないばかりでなく、被告主張の請求代表者については被告自身既に請求代表者であることの適格を認めてその旨証明し且つこれを一般に告示していることは被告の自認するところであるから、被告が今に至つて請求書の些細な瑕疵を捉えて請求代表者の資格を云為し、署名の無効を主張することの不当であることはいう迄もないことである。

第二、本件署名簿中の係争署名の実質的無効原因即ち小山佳子外二百三十五名(別表第一人名簿第二の(一)乃至(一七)記載)の署名の効力について

(一)  抑々直接請求に於ける署名簿の署名については、地方自治法第七十四条の二の規定によつて明らかな通り、先づ選挙管理委員会に於て請求代表者より署名簿の提出があつた日から二十日以内に審査を行い署名の効力を決定してその旨の証明をなし、関係人の縦覧に供してこれを公表すべく、爾後その署名の効力に関しては法定の期間内に一定の手続によつてのみこれを争い得るにすぎないのであるから、選挙管理委員会が署名の有効無効を決定してその旨の証明を終了しこれを縦覧に供して公表した後は、法定の期間内に異議申立がなされなかつた場合は勿論、期間内に異議申立がなされてもその申立自体が無効で申立がなかつたものと同一に見られるような場合には、たとえ右署名にこれを無効若しくは有効となすべき事由が存在する場合に於ても、最早これを斟酌する余地はなく、該署名の効力は当初選挙管理委員会の決定した通りに確定し、従前の決定を修正変更することは許されないものといわなければならない。このことは署名簿の署名の効力を一定の期間と手続の制限の下に段階的に確定せしめ、以て右制度の迅速且健全な運用を図る為に設けられた前記法条の解釈上疑を容れないところである。

原告は小山佳子外二百三十五名の異議申立は総て真意に基かないもので無効であるから被告がこのような異議申立によつて同人等の署名を無効と修正したのは違法であると主張するので先づこの点について判断する。証人宮本和子、同江島栄子、同松下次雄、同松下五次郎、同平川昇、同野口シズ子、同野口登一の各証言によれば、同人等名義の異議申立はいづれも同人等不知の間に他人によつてなされたものでその意思に基かないもの、証人田畑ユキの証言によれば同人の異議申立は他人が代筆したもので而も同人は全くその意味を理解しないでなされたものであり、又証人宮部重義、同古財シキの証言に徴すれば同人等の異議申立は全く正当な判断能力を欠如してなされたものであることをいづれも認めることができるのであつて、右認定を覆えすに足る反証はないから、以上十名の異議申立はいづれも無効で異議申立がなかつたと同一に帰するものというべく、而も被告が当初の審査に於て右十名の署名を有効と決定して証明をしていたことについては当事者間に争のないところであるから、被告が右十名より異議申立があつたとして同人等の署名を無効と決定して従前の署名の効力を修正したことは誤りであつて、右十名の者の署名は既に被告が当初決定した通り有効と確定しもはやこれを修正することは許されないのであるから右各署名について被告主張のような実質的な無効事由が存在するか否かを判断する迄もなく、被告の右決定は既に此の点に於て違法たるを免れない。

次に右十名を除く爾余の者の異議申立についての効力であるが別紙証人名簿記載の証人中には異議申立について其の意味を知らなかつた旨証言する者もいるけれども、このような証言は俄に措信できず、他に前記二百三十六名中百十名を除く者の異議申立を無効と認むべき適確な証拠はないので之等の者の異議申立はすべて有効であると認めざるを得ない。この点に関する原告等の主張は理由がない。

(二)  次に別表第一人名簿第二の(一六)記載の丸山寅次の署名については、被告自らこれを無効とすべき実質的な事由のないことを認めているので被告が同人の異議申立によつて同人の署名を無効とした決定が違法であることは勿論である。

仍て以下右(一)、(二)の合計十一名を除いた小山佳子等二百二十五名の署名について被告主張のような無効原因があるか否かについて考察する。

(三)  署名が詐偽、強迫に基くとの主張について

元来詐偽又は強迫に基くものとして署名を無効とするには関係人よりその旨の異議の申立があつた署名で、選挙管理委員会に於てその申立を正当と認めたものに限ることは地方自治法第七十四条の三第二項の規定により明らかである。然るに本件の異議申立書である乙第一号証中には明白にかゝる申立とは認められないもの或いは申立の趣旨が不明のものが多数あるので斯る場合には異議申立人の出頭を求めて、申立の趣旨を聴取し更に進んで其の申立に係るような詐偽強迫の事実があるか否かにつき関係人の証言を求むる等、適当な措置を講ずべきであるに拘らず被告管理委員会は其の自認するごとく単に二、三の者につき其の間の事情を聴取したに過ぎず殆ど書面上の審理ともいふべき形式により本件の異議申立全部を正当と認め、それ等の者のなした署名を詐偽強迫によるものとして全部無効の修正決定をなしたことは、其のこと自体、すでに選挙管理委員会としての公平を疑はれる軽卒な措置であつたと言はなければならない。しかも本件証拠調の結果に徴すれば被告の提出援用する全証拠によつても何等被告の主張するような詐偽強迫の事実は認められないのみではなく却て成立に争のない甲第十一号証及び別紙証人名簿記載の各証人の証言と証人前田国広の証言並びに原告内田善右衛門(第一回)、同中川保各原告本人の供述を綜合すれば右小山佳子等二百二十五名の署名は詐偽又は強迫に基いてなされたものでないことを認定するに十分である。尤も前記甲第十一号証に別紙証人名簿記載の各証人の証言並に被告代表者中川続本人の供述を綜合し之に弁論の全趣旨を参酌すれば請求代表者等が本件署名運動の期間中、現町長の施政を痛烈に非難攻撃したため其の攻撃の材料に供した事実が全部真実であつたか否かについては疑はしい点がないでもないけれどもそもそも町長解職請求は町長の施政に反対する住民が町長を不適任としてその解職を求めるものであるから、制度の本質上解職請求の首唱者ともいうべき請求代表者が署名の蒐集に当り町長の施設を論難攻撃して住民の賛成を求めるのは当然のことであつて、請求代表者の主張自体の当否の如きは住民自身これを自主的に批判し署名簿に署名することによつて自ら請求者となるべきか否かを決定すべきものであるから、請求代表者の片言隻句を捉えて直ちに署名簿の署名が詐偽強迫に基いてなされたということのできないことは多言を要しないところである。

(四)  右詐偽強迫が認められない場合の被告の主張の無効原因について、第三者の集めた署名の有無(被告主張の第二の二の(イ)の事実)につき

(イ)  解職請求に於て請求代表者又はその委任を受けた者でない第三者の求めた署名が法令の定める成規の手続によらない署名として無効であることは勿論であるが、本件に於て証人前田フサエは同人の署名は一則という者によつて求められたものである旨証言し、更に同証人の証言並びに証人吉川ナツエ、同宮本勘吉、同宮本ミヤ子、同宮本保雄、同藤井満義等の各証言を綜合すれば右前田フサエの署名は予てより原告等請求代表者に随伴して署名者の許を訪れ署名蒐集に協力していた訴外中川一則によつて求められたものと認められるのであるが、右前田フサエの場合に於ては請求代表者が右一則と同行していて、右請求代表者によつて署名が求められたというような事実を認むべき証拠はなく、而も右一則が請求代表者又はその委任を受けた者でないことは原告等の主張自体から明白であるから結局前田フサエの署名はいわゆる第三者の求めた署名といわざるを得ないので被告が之を無効と決定したことには何等の違法はない、被告は吉川ナツエ、伊藤キミエ、関ヤナの署名も又第三者によつて蒐集された署名である旨主張するけれども、証人吉川ナツエの証言によれば同人は初め前記中川一則より署名を求められて自署拇印したのであるが、その後原告中川政平が捺印を求めに来た際改めて従前の自署の名下に押印しているのであるから結局同人の署名は原告政平によつて求められたものというを妨げず、又証人伊藤キミエは訴外中川文子の依頼により署名した旨及び証人関ヤナは同人の子供である訴外関嘉一より署名簿を渡されて署名した旨各証言しているが、右中川文子及び関嘉一が前記中川一則のように本件署名運動に協力していた事実を認める証拠はないので、反証のない限り右両名が単独で署名を求めに行つたとは認められず結局右証言だけでは伊藤キミエ、関ヤナ両名の署名が第三者によつて集められたものとは認め難い従つて右三名の署名が第三者によつて蒐集されたもので無効であるとの被告の主張は理由がない。

(ロ)  回覧板により集めた署名という主張(被告主張の第二の(二)の(ロ)の事実)について

次に被告は松下保等の七名の署名は署名簿を回覧する方法によつて求められた署名で無効であると主張するけれども右の者のうち松下次雄、松下五次郎の署名については前記第二の(一)で既に有効と認定されているので重ねて判断の必要のないことは勿論であるから爾余の五名の署名について考察するに署名簿の署名が事実上他人の手によつて順次回覧されてなされたものであつても、其のこと自体により直に第三者の集めた署名とは断定し難く本来請求代表者によつて求められたと認められる限り右署名は請求代表者の蒐集した署名として有効であると解せられるのであるが本件に於て、証人松下保、同松下益喜、同松下次代、同松下カズ、同松下次雄、同松下五次郎、同松下ヒロ子の証言と原告中川保本人の供述を綜合すれば右七名の署名した署名簿は事実上回覧の方法により順次手渡されたものであるが、署名簿自体を持ち廻つたのは原告関長吉であつて同原告に於て直接署名を求めたものと認めることができるので之の点に関する被告の無効の主張も理由がない。

(ハ)  請求代表者が第三者を同伴して求めた署名及び部落会議の決議に影響された署名は無効であるとの主張(被告主張事実第二の二の(ハ)(ニ))につき

按ずるに請求代表者が署名を求めるに際し第三者を同伴することは署名者と第三者との関係如何によつては署名者の自由な立場に於ける批判が妨げられるという点に於てこのような方法は必ずしも妥当とはいえないし、又部落民が請求自体を自由に批判検討するは格別、部落会の決議として署名についての態度を決定し、一律にこれを部落民に強制するようなことが排斥せらるべきことは勿論であるが、さればといつて右に述べたようなことが単に署名の動機となつたに止まり現実に署名者の意思の自由を拘束したと認められない限り右に類するような事実があつたことの一事を以て直ちに署名者の署名が無効となるものとはいゝ得ない。本件に於ては被告の主張する署名者(但し前記第二の(一)に於て既に有効と認定された宮本和子を除く)の意思の自由が被告主張のような事由によつて拘束されたと認むべき証拠はないので被告の右主張はいづれも採用しない。

(五)  自署によらない署名等の主張(被告主張の第二の(三)の(イ)乃至(ニ)の事実)につき

(イ)  被告は宮本ミヤ子、田畑ツヤ、丸森ハツヨの三名の署名は自署によらない署名であると主張するけれども、宮本ミヤ子が自己の氏名を自署したことは同証人の証言によつて明かである。尤も同証人は署名下の押印は同人の承諾を得て被告中川政平に於て押捺した旨証言しているが、署名簿に氏名を自署した者がその承諾の下に押印のみを他人になさしめた場合でも右署名はこれを自署というに妨げないし、証人田畑ツヤは署名の記憶がない旨供述しているが、更に同人が自己の氏名を片仮名によつて書き得る旨及び異議申立書には自署している旨の同証人の証言を綜合し、これに前顕甲第四号証中同人の氏名部分と同証人の証言により同人の自署であると認められる乙第一号証の八に記載された氏名を対照すれば明らかな通り前者は「タバタツヤコ」と後者は「タバタツヤ」と署名されており字数に一字の違いはあるがいづれも片仮名によつて書かれている点を彼是勘案すれば同人の署名も亦自署であると認定するに難くなく、又丸森ハツヨの署名については前顕甲第四号証中同人の氏名と同人の証言によつて自署であることが認められる乙第一号証の三十九中同人の氏名を対照し、これに原告田河初喜本人の供述を綜合すれば本件署名簿中の同人の署名は自署であることは認むるに十分であつて、ハツヨの証言中署名簿の署名は同人の夫に於て代筆した旨の供述は措信できない。他に以上の認定を覆えすに足る証拠はない。

(ロ)  古財シキの署名については既に前記第二の(一)で有効と認定しているので更に判断を俟つまでもなく、被告の主張は理由がない。

(ハ)  最後に署名がその意味を知らず若しくは錯誤に基いてなされたとの被告の主張について

按ずるに被告提出援用に係る全証拠によつても被告の右主張事実は到底認められず却て成立に争のない甲第一号証の一、同第十一号証及び別紙証人名簿記載の各証人(但し後記措信しない部分を除く)、証人島野三男、同仲山武雄、同前田国広の各証言並びに原告内田善右衛門本人の供述を綜合し、これに弁論の全趣旨を併せ考えれば、伊倉町に於ける今次の町長解職請求はかゝる請求自体県下の市町村に於ては極めて異例な場合であり、而も同町に於ては請求代表者の啓蒙運動とこれに対する反対運動が活溌に行われていて、右請求の為に署名蒐集運動が実施されていたことは同町々民の周知の事実であつたことは容易にこれを推察することができるし、又請求代表者に於ては原則として署名者に署名の趣旨を説明しているばかりでなく、特殊の様式を備えた請求者署名簿に署名を求められた者がその署名の意味を知らず又は他の署名と誤解するようなことは到底考えられないことであつて、別紙証人名簿記載の証人の証言中右認定に反する部分はいづれも前記各証拠と対比して措信し難い。

以上述べたところによつて明らかな通り別表第一人名表記載の者の署名のうち、被告が前田フサエ(同名簿第二の(七)記載)の署名を無効と決定したことは結局に於て正当であるが、爾余の者の署名を無効とした各決定は違法であつて取消さるべきものであるから、原告等の本訴請求中右前田フサエに対する部分を除きその余の者の署名について被告の決定の取消を求める部分は正当としてこれを認容すべきであるが、右前田フサエの署名に対する決定の取消を求める部分は失当として棄却することゝし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 浦野憲雄 安仁屋賢精 下門祥人)

(別紙目録省略)

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